2016/09/23

031(黄昏、化石、先例のない遊び)<指定なし>

 


 子供の頃の話だ。


 あの頃は、すべてが輝いていた。朝露に濡れる朝顔、水滴を転がして遊んだ葉っぱ、落ち葉の模様から冬の水たまりまで、目に映る全てが輝いて見えた。より正確に言えば輝きを放っていたのは世界の方ではなく俺の目の方だったかも知れないが、今となってはどうでもいいし、本題からはずれる。


 あれは夏の終わりの話だ。


 暇を持て余した俺は、同じく小学五年生であるあいつと遊んでいた。夏休みも終わり間近、海に入るというほど暑くもない。それにクラゲもいるだろう。とはいえ、夏の最後を楽しみたいという一心で俺たちは海に来ていた。
「暇やな」
「な」
 砂浜に座り、木の棒で砂をひっかく。描いては消しを繰り返す。あいつは炭酸の抜け切った缶ジュースを口にくわえていた。何の銘柄だったかは覚えてない。
「海ってさ」
「ん」
「砂漠やな」
「そやな」
 どっちからそんな話を切り出したかはあやふやだが、多分あいつの方だったと思う。寄せては返す波を見ながらそんなしょうもないことを話していた。
「写真でもとろうぜ」
 あいつは言った。
「その辺の海藻とか貝殻とかあと魚の骨っぽいのとか組み合わせてさ、ジオラマっぽいの」
「あー、えんちゃう?」
 俺たちは周りの海藻やら元は魚だったかも知れないものやらをかき集めて、砂浜に並べ始めた。並べては寝っ転がって、低めから狙うアングルを探す。途中、海藻を投げつけあったり石で水切りをしたり穴を掘ったり脱線しながらも俺たちは飽きることなくそれを続けた。
「後は夕日やな」
「おう」
 俺たちは最高のアングルを見つけ出し、その時が来るのを待った。お世辞にも綺麗とは言い難いティラノサウルスとトリケラトプス。手前に海藻、そして水平線を湖に見立てる。両者が向かい合うその風景を、寝っ転がって地面すれすれからガラケーのカメラで切り取る。両者の間に夕日が位置し、トリケラの角に太陽がかかる瞬間。その時を、俺たちは待っていた。
「なあ」
「ん」
「大昔にも、夕日ってあったんかな」
「そりゃあったやろ」
「ほな、化石になった恐竜も夕日見たりしたんやろか?」
「せやろ」
「恐竜も綺麗やなとか思うんやろか?」
「さあ。ただ、カメラが無かった事は確かやな」
 え? とあいつは言う。
「カメラはあってもおかしないやろ」
「何で」
「タイムマシンで旅行した奴が忘れてくるかもしれんやん」
「タイムマシンは反則やで」
「ほな、カメラ無かったら、図鑑の恐竜は誰が色を塗っとんやろ?」
「知らん。想像ちゃうか?」
 シャッターの瞬間まであと少し。
 俺は一言付け加える。
「ほんでも、タイムマシン抜きにしても恐竜はカメラは使えへんかったやろな」
「何で?」
「あの爪で、シャッターは切れんやろ」
 それもそうやな、とあいつは笑う。
 夕日が予定位置に来る。あいつはシャッターを切った。


 その後は特撮よろしく砂を巻き上げ踏み潰し、自転車にまたがって晩飯まで全速前進。



 そうして夏休みは終わりを告げた。


 


 後日、何かのコンクールに俺たちは二人の名前をアナグラムで組み合わせて、写真を送って応募した。
 結果はボツ。応募規定のサイズエラー。あの頃の俺たちはサイズなんて気にしてやいなかった。


 


 夏の終わりに海沿いを自動車で流す。


 


 あの写真のデータはもうどっかに行っちまった。