2016/09/23

021 (空気、コーヒーカップ、最高の罠)<ホラー>

 


 世の中が俺を中心に回っている。


 今、俺の目の前には何も存在しないはずであるが、俺は目の前から空気の圧力を感じている。この謎の圧力の正体が何かは分からないが、恐らくこれが噂の原因だろう。
 ある夏の日のことである。俺はある遊園地に来ていた。そこはもう、客も少なく廃園間近で人気のない遊園地だ。来場客よりスタッフの数が多いなんてことはないが、両者の数がほぼ同等であると言ってもいいくらいの過疎っぷりである。
ここのコーヒーカップに用があって、俺はこの遊園地を訪れた。ある噂を聞いたからだ。
 そのコーヒーカップには、「何か」があるという。「何か」としか聞いてはいないが、霊的なものではないか、と推測している。その噂によると、そのコーヒーカップに乗って回転数を上げると、「何か」が見えると言う。その「何か」を確かめに来たのだ。
 俺は意気揚々とコーヒカップに乗り込んだ。そして、噂通りコーヒーカップの回転数を上げていく。すると、景色が回転し始め、世界が俺を中心に回る。
 自分は凡庸な人間であると自覚していた俺だが、俺を中心に世界が回って欲しいと思うこともないではない。中二病なのかもしれない。しかし、いざこうして物理的に俺を中心として世界が回ると、気持ち悪くなってくる。遊園地内の木々やメリーゴーランド、スタッフが目の前をその形がなんとか判別できる速さで通り過ぎていく。すると、目の前の空気が何らかの圧力を持ち始めた。何なのだこれは、と思っていたが、俺は構わず回転数を上げ続けた。


 気持ち悪い。


 やがて、音楽は止まり、俺はコーヒカップから降りようとする。足がふらついて、うまく歩けない。
 俺は何とかトイレまでたどり着き、手洗いにうっぷせた。気持ち悪い。まだ瞼の奥にあの景色が焼き付いている。まるで走馬灯を見ているかのようだ。


 吐いた。俺は吐いた。


 吐くとだいぶ楽にはなったが、まだ気持ち悪い。そして俺は一つの自論に行き着く。これは恐らく噂の正体ではないが、俺にとっては真実だ。


 あの噂を聞く。
 そして、コーヒーカップの回転数を上げる。
 気持ち悪くなる。
「何か」とは比喩としての地獄である。
 吐く。
 まだ気持ち悪く、その後の園内散策を楽しめない。
 もう二度と来ないようにしようと思う。
 そして客が減る。


 きっと、これは罠だ。競合相手の遊園地の策略だ。
 客を減らすための、そんな噂を流したのだ。


 くそったれ。


 俺はその遊園地を後にした。そしてネットに書き込んだ。
 確かに「何か」を見ることになる、と。