2016/09/23

019 (南、蜘蛛、正義の剣)<王道ファンタジー>

 


 


 世界の空を、蜘蛛の影が覆っている。


 それは静かに、目に見えて目立つほどの害を及ぼしてはいないのであるが、だが確実に、その大陸に影を落としている。
 百年以上前の事、一匹の蜘蛛が現れた。その存在は大きい。巨大と形容するよりも、日の光を遮る天蓋てんがいであると言える。
 蜘蛛の中心、すなわち胴体は大陸の中心部、王都をすっぽり覆うかのように上空に浮いている。厳密に言えば八本の脚で支えているからして、浮いているわけではないのだが、その脚は余りに長く、胴体は浮いているに等しい。脚は太く、ヒトが十人で腕を取り合い囲むほどの太さである。この太く邪悪な脚が、大陸の四方八方の端に根ざした上で、王都上空の胴体を支えている。
 王立研究所の学者は蜘蛛の影から、胴体の大きさを試算した。かの胴体は王都の三分の二に届き得る大きさであろうとの事。そのような大きさにも関わらず、遥か上空に位置するためその影は王宮を覆うほどで済んでいるというのだ。


 蜘蛛は直接的な害を及ぼす事なく、だが確実に存在していた。


 影の影響からか、王宮には陰鬱な雰囲気が漂っている。そのせいか、王都の治安は少しづつ乱れ、周辺諸国も各々が政権が為に動き出した。
広大な大陸の東に位置するこの王国は、王都を中心として東西南北に四つ、そしてその間に四つ、計八つの諸国が存在している。三百年前、大陸を統一した国が交通と政治的便益の為、中心に置いたのが王都である。


 そしてこの物語は、南に位置する弱小国の一人の男から始まる‐‐


 


 大陸の南は海に面している。穏やかな大海である。見渡す限り空の蒼と海の藍であり、島も見えない。水平線の向こうに果たして陸があるのかどうかも定かではない。
 この南の国の海辺に、大木のような蜘蛛の脚が存在している。動くこともなく、揺れることもない。しかし、人々の生活に影を落としていた。
 その海辺に、一人の男が住んでいた。彼は漁をして生計を立てていたが、その生活に飽き飽きしていた。不満はなかったが、満足もしていなかったのである。
ふと、彼は思いついた。蜘蛛の脚を、切ってみよう、と。小屋から鋸のこぎりを取り出し、蜘蛛の脚に刃を当てた。
 引く。押す。引く。押す。
 何度となく繰り返しても、切り進んでいる感覚はない。それでも男は、日々、涼を終えてからその作業を繰り返した。
百日、二百日、三百日が経った頃である。


 遂に、男は蜘蛛の脚を切り終えた。


 男が蜘蛛の脚を切り終えると、どういうわけか、切り株にあたる部分だけが残り、倒れるであろう断面より上部が中空に消え去ったのである。それは霧が晴れるかのようであった。
 男が残った脚に目をやると、何やら硬い、棒状のものが刺さっていた。まるで蜘蛛の骨のようだと男は思った。しかし、男はそれを洗ってみることにした。海水に浸けその棒状の物を揺すると、即座に黒い錆のようなものが落ちていく。海面から上げ、空に掲げた。


 それは、陽光を受けて輝く白銀の剣であった。


 男は驚き、その剣を放り投げ、砂浜に落としてしまう。すると、切っ先は北を指し示した。
 男はその剣を小屋へと持ち帰り、大切にしまった。次回の王都の祭りに、魚を持っていくついでに売り払おうと考えたのである。


 そして次の秋祭りの際、男は王都へ赴いた。
 鑑定士にその剣を見定めてもらおうとしたのだが‐‐


 男は大陸をめぐる、数奇な運命に巻き込まれていく。


 


 而して、次世代の建国が始まった‐‐