2016/09/23

014 (北、終末、輝く殺戮)<ホラー>

 


 蝋燭の火を噴き消すと、聴力が鋭敏化した。


 階段を、ゆっくりと登ってくる足音がする。私は汗ばんだ手で、銃をより強く握りしめた。その音はまだ一階いから二階へと続く階段の途中であろう。方や私は三階にいる。この屋敷にこれ以上の階層はなく、階段も一つしかない。必然、その音から逃げるには、どこかですれ違う事になろう。私は、何としてもこの屋敷から逃げ出さねばならないのだ。



 あれは、雨の日の夜だった。私が叔父の遺品整理をしていた時の事だ。叔父の日記の中に、生前、叔父が避暑地として使用していた北の別荘の記録を見つけた。そこには、叔父が何かを大切に保存しているかのような記述が見られた。しがない物書きであった私は、何かの話の種にでもなればと思い、翌週の土曜日に車で叔父の別荘に向かったのである。


 別荘にたどり着いた時、私は奇妙な感覚に囚われた。しかし、その正体にすぐ気づく事となる。その別荘が、叔父一人が過ごすにしては大きいのである。木造三階建てという大きさを、どうして叔父は必要としたのだろうか。もしかしたら、日夜、友人を招いてパーティでも催していたのかもしれない。私は叔父の遺品から持ち出した鍵を取り出す。別荘の鍵は別種のものを二つ取り付けた二段構えである。空き巣に備えたものであろうか。別荘の中へと入ると、当然ようのように真っ暗である。持ってきた懐中電灯で照らすと、右端に階段、左にテーブル、中央に動きを止めた柱時計が目に入る。その奥には、キッチンがあるようだった。とりあえず、キッチンまで向かう。至って普通のキッチンだった。包丁やまな板、食器類がきちんと整頓されている。それらの多くは埃をかぶっていた。棚を引くと、蝋燭とライター、それに調味料の類がある。壁面を照らすと、ブレーカーが見える。オンにしてキッチンのスイッチを押してみたが、部屋の電気は点かなかった。
 さて、上の部屋へ向かうか、と思った時、途端に真っ暗闇になる。ひっ、と年柄にもなく小さく悲鳴をあげてしまったが、どうやら懐中電灯の電池が切れてしまったようだ。生憎あいにく、換えの電池は持ってきていない。とりあえず、皿とライター、それに蝋燭を拝借し、灯りとすることにした。蝋燭を倒してしまわないように、ゆっくりと歩く。一歩踏み出すたびに蝋燭の炎が揺れ、揺れによって光と影が瞬く。先ほどのテーブルと置き時計の部屋が、懐中電灯で照らした時とは違い不気味に感じられた。階段を上ると、鈍い音が足元からする。木造だからであろう、その音は、大きく木霊する。年甲斐もなく、心臓の鼓動が早くなっている気がした。
二階には、部屋が一つだけであった。ベッドが二つ、それに押入れが一つ。押入れの中には、幾つかの布団と枕がしまわれていた。それら以外、特に変わったものもない。窓が一つ取り付けられていたが、当然のように閉められており、錠前は埃をかぶっていた。
 ついで、三階へと上がる。三階には、テーブルが一つ、その上に、ノートが一冊置かれていた。そのノートを開き、蝋燭の灯りで読む。特にこれといった記述はない。所々に、若者がふざけて書き置きした描写があった。どうやって侵入したのかはわからないが。
 その時、階下で音がした。何かを落とすような音だ。心臓の鼓動が早くなる。蝋燭の火が揺れた。ノートをと閉じると、裏表紙に気になる描写を見つけた。気をつけろ、と。ぎし、と亀が歩くような速さで階段を上る音が聞こえて来る。私は音を立てないように、階段まで戻る。何も姿は見えない。どうやら、音は一階から二階への通路から聞こえて来るようだ。壁に手をやると、指先が冷たい物に触れた。何かが音を立てて落ちる。目を向けると、それは拳銃であった。どうして叔父は拳銃など持っていたのか? そして、なぜ壁に引っ掛けていたのか? 分からないことだらけであった。音はより近づいてくる。私は、蝋燭の炎を吹き消した。
 拳銃を握りしめる。いつの間にか、手が汗ばんでいた。
 音は、より大きくなる。どうやら、二階から聞こえて来るようだ。呼吸を整える。いまのうちに降りようか? いや、音でばれてしまうだろう。私は、トリガーの位置を確かめた。音は三階へと続く階段の下まで来たようだ。私は息を殺す。そして、中空に向けてトリガーを引いた。
 カチ、と空音がした。弾は出ない。
 弾が、入っていなかった。確認を怠った自分を恨む。心臓の音が、その何かに聞こえていやしないかと気が気でない。音はもう、階段の半ばに達しようとしている。私は思わず、拳銃を放り投げた。音が止まる。
 私は恐怖のあまり、階段を転げるように駆け下りた。車に乗り、エンジンをかける。そして、自分の家へ帰ったのであった。


 今となっては、あの体験が何であったのかわからない。それに、あの別荘にはこれといったものは何もなかったが、叔父が日記の中でなぜ思わせぶりな記述を残したのかもわからなかった。もしかすると、叔父が誰かをはめるために仕掛けたあまりにもたちの悪い悪戯だったのかもしれない。


 何のためかは、今となっては知る由もない。