2016/09/23

013 (夕陽、屍、人工の記憶)<邪道ファンタジー>

 


 今日もこの手が血に染まる。



 茜色の夕陽に照らされて、PD-5503号は佇んでいた。いつから自分がここで「仕事」をしているのかも覚えていなければ、なぜここにいるのか、それに自分の名前すら、覚えてはいなかった。記憶にあるのは「PD-5503号」という自分に与えられた番号ナンバーのみ。彼は記憶を持っておらず、しかし何をしなければいけないのかは機械神経(シナプス)に組み込まれていた。


 辺りを見回す。山、山、いくつもの人体が連なり、屍の山を作っている。それらをひっくり返しては耳を探り、目的のものが見つからなければ放り捨てる。この一連の作業を毎日のように繰り返す。辺りを見渡せば地平線が周囲に広がっている。大地を埋め尽くすかのように、そこは屍で溢れていた。死体を探り、また投げる。PD-5503号はこの作業を繰り返し続けた。腹が減ることはないが、夜は「眠る」。「眠る」ことで、昼間の間に蓄えた太陽エネルギーをバッテリーに充填し翌日の活動に備えるのであった。


 PD-5503号には記憶がない。より正確に言えば、本来、ヒトが誕生してから現時点までの記憶のうち、現時点の記憶以外が抜け落ちている。記憶の原点に近づこうとしても、ブロックがかかったかのようにアクセスできない。靄が一層濃さを増すかのようであった。そのため、彼の記憶はここで始まる。いま思い出すことができる始まりの記憶は、一人の男の、耳を太陽にかざしている風景シーンであった。その男をどこで見つけ、どこで放り上げたのかまでを彼は詳細に記憶している。しかし、なぜ耳を探しているのかは理解わからない。よって、彼の記録装置メモリーに溜まっていくのは死体の場所と、その耳の情報だけであった。


 とある雨の日の事である。彼はいつものように死体を探り、耳を探っては死体を放り投げる事を繰り返していた。それは一人の女の死体であった。彼がその耳を見たとき、いつもとは違う異変に気付く。
 耳に、何か書いてある。耳に、文字列が書いてあるのだ。
 6602‐‐
 それは、数字であった。
 そして、彼の意識はそこで途切れる。


 


「おはよう、PD-5503号君」
 サングラスをかけた男が彼に話しかけた。いつの間にか、周りに死体はなく、無機質な部屋にいた。
「早速だが、数字を覚えているかね?」
 PD-5503号は返事をしない。
「まあ、混乱しているのは無理もない。悪いようにはしない。ただ、数字を教えてくれればいい。あれは重要な断片フラグメントなのだ……」
 男はそう尋ねた。
 PD-5503号は、何となくではあるが、理解した。それは重要な数字であると。そして、PD-0053号は応えた。
「5143」
男は微笑んだ。
「そう、ありがとう」と言い残し、男は部屋を出て行った。
 PD-5503号は嘘をついたが、なぜ嘘をついたのかは彼自身にもわからない。しかし、その断片フラグメントとやらが、自分の記憶の重要な鍵キーになるのだという感覚だけが彼にあった。


 サングラスをかけた男が戻ってきたときには、もうPD-5503号の姿はなかった。


 彼は、自らの記憶を求めて、旅に出かけたのである。