2016/09/23

011 (宇宙、機械、人工の魔法)<王道ファンタジー>

 


 その昔、魔女は箒で空を飛んだらしい。


 かつての魔女も、月を目指して飛ぶことはあったのだろうか、と私は太古に思いを馳せる。
 私はいま、宇宙船に乗っている。月の裏側を目指す旅だ。


 その昔、魔女はかぼちゃスープやぶどうのワイン、それに無花果の花といった自然のものを愛し、敬い、大地と共に生きていたという。
 魔女は常に、言葉と共にあった。それは筆記された文字というよりも、音そのものを重視していた。言い伝えにはこう記されている。
 魔女の教えによれば、筆記された文字というのは音を閉じ込めたものに過ぎず、その力は失われている、と。しかし、音を伝達するという点において文字は大きな役割を果たす、とも。音の発音方法が分かれば、魔法は他者が使用することも可能である、と。
「それで、この文字、か……」
私の手には、一枚の古ぼけた羊皮紙があった。文字が刻まれているが、私には読むことはできない。
「それじゃ、頼むよ‐‐」と、その紙を宇宙船の中央にある読取装置(スキャン)に読み込ませた。


 ‐‐種別、判別完了。音、再生します‐‐


 両隣に並んだスピーカーから、高音の、しかし非常に心地好い歌声のようなものが流れ始めた。
「いい歌だ」と私は呟き、珈琲を入れにいく。
 魔女はその音を、精霊から教わったという。彼女らは聴力が非常に発達しており、精霊の声を聞くことができたらしい。曰く、世界の音が聞こえるのだ、と。


 十年ほど前のことだ。その音を、再生可能にするデヴァイスが発明された。それは読取装置(スキャン)と呼ばれ、魔法の音を喉を通してではなく、一度電気信号に変換して再生するというシロモノだ。
 十年が経ち普及が進んだとはいえ、依然として安くはない装置だ。手に入れるのには苦労した。


 この読取装置の特徴が、その読み込む紙にある。魔女狩りで魔法の漏出を恐れた魔女たちは、一つの工夫をした。文字の形だけでなく、書かれる物質との関係性で魔法の音を記録したのである。
 羊皮紙に筆記するのと、葉っぱにする記録、また土や大理石に記録した文字では、それぞれ再生される魔法は別物になる。
 材質と文字の形で音を構成することで、彼女たちは魔女狩りから秘密を守ることに成功したのだ。
「今や、それが機会に読み取れるなんてね」
‐‐もっとも、まだ私には全然読めないんだけれど。
 私はそれを心地好い歌声として楽しみながら、珈琲を飲む。魔女は紅茶ではないか、と出発前の準備で思ったものの、私は珈琲のものが好きだった。かつて、魔女の血を持つおばあちゃんもこう言っていた。
 心に従いなさい、と。
 だから私は自分の心に正直に、珈琲を選んだ。魔女の教えを忠実に守る私。


 珈琲を飲み終わる頃には、ラストのサビも終わりかけだ。本当はサビも何もないんだろうけど。
「で、これが‐‐私の待ち望んだ、月の裏側の地図」
 空中に、蛍色の光で描かれた地図か浮かび上がっていた。
 魔法は音を媒介とするために、空気中で効力を持つ。今回私が読み取った魔法は、地図を音に変換したもので、再生するとまた地図に再変換するものだった。
「いま覚えとかないと、月面上では見れないからね」
 そう、空気を媒介するために、真空に近い状態では、音の伝達が弱まる。全くの魔法が不可能な訳ではないのだが、その効率は落ちる。特に、このような広大な地図を記録したものにおいては。


 私はある一点を探す。月のクレーターの一つ、その中心に近い地点。
「母さんの話によればここなんだけど……」
 地図上では、なんの変哲もない場所である。しかし、私はそこを目指して旅をしている。


 なんでも、父さんと母さんが新婚旅行に来た際、そこにある秘密を埋めたらしい。私はそれを確かめに行く。
 父さんも母さんも亡くなったけど、どうしても気になったのだ。二人は一体、何を埋めたというのだろうか。



 私は期待と不安に胸を膨らませながら、その場所に向かった。


 


 


 その場所には骨と箒が埋められており、それに喋るハムスターなんかもいたりして、宇宙の半分をまたにかける物語が始まるのは、まだ少し先の話だ。