2016/06/11
003(緑色、迷信、激しい存在)<指定なし>
20160611
003(緑色、迷信、激しい存在)<指定なし>
西へ西へ、そのまた西へ、さらに西へと行った先に、蓬莱の山がある。
もっとも、厳格に蓬莱山であるかどうかは定かではなく、人々の伝承によって蓬莱の山であるとされているに過ぎない。
今回、私はその山の麓の街へとやってきた。蓬莱山に登るためではない。
とある店の取材のためだ。
「肉まんじゃないアルよ! 点心アルね!」
店の中で、若い女が騒いでいた。
そう、わたしはこの店の点心を取材しにきたのだ。
この店の点心は都でも有名である。
その卓越した味もさながら、色が緑色なのだ。
噂によると、
「あの店の点心には、龍の鱗が使われているらしい」
だそうだ。
なんとも恐れ多い話だあると感じたものだが、なんでも、当代である閑閑かんかん主人の5代前、喧喧けんけん主人が、蓬莱の山で迷った際、龍神の化身に出会ったそうだ。
龍神に帰り道を教えてもらい、無事に家へと帰った彼は、その後、毎日点心を山の祠に供えたそうだ。
その行為を続けること1000と6日、彼の夢枕にその龍神が立ってこう告げた。
「お前の店の点心に、私の鱗を削って使え。滋養もまし、ますます繁盛することだろう。私の鱗は、滝の側の苔の中に混じっている。」
夢から覚めた主人は山に登り、滝へと向かい、そして、龍神の鱗を見つけたと言う。
以来、この店は孫の孫のそのまた息子まで、子々孫々と繁盛しているとのことだ。
「おまちアル!」
さて、その肝心の点心である。
一口食べる。
うまい。確かにうまい。
そのような言い伝えがなかったとしても、十分に繁盛しそうな味である。
「また来るアルね!」
腹ごしらえもそこそこに、私はその山の麓まで向かうことにした。
その店から一刻ほど歩いた場所に、その山の祠はあった。
いたって普通の祠である。
さて、取材に来たはいいものの、いかに記事にしたものか……
このままではつまらない。
あの店の点心の、半分は実は肉まん! とでも書くか……
突如、雷鳴が落ちた。
轂を転がすかのような音とともに豪雨が降り、私は急いで祠へと身を移した。
この雨、どうしたものか、と思っていると、背後から突如、声がした。
「あれは肉まんやない、点心や」
振り向くと、誰もいない。
そして、驚くことに雨も止んでいた。
私は半ば放心状態のまま店へと戻り、老酒と点心を頼んだ。
「ああ、それは龍神様アルね」
と女は言った。
「あなた、よからぬこと考えたアル。肉まんと点心は違うアルよ!」
なるほど、確かにそうかも知れぬ。
肉まんと点心は違う。
よくよく考えてみれば、物の名前を間違える、ということは、人の名前を間違えることと等しいかも知れぬ。
よし、この記事はこの線でいこう。
持ち帰りで、点心を買って土産に持って行こう。
「そっちは肉まんアルよ!」
失敬。
こうして、わたしは蓬莱の麓の街をあとにした。