20160609
001(虹、クリスマス、ぬれた高校)<SF>
ホワイトクリスマスなんて、嘘だ。
「嘘じゃないよ、雪は降るよ」
なんて言うのは、ノスタルジーにかられたアホウ共だけだ。
「昔のコントがほんとになったんじゃ、彼らは予言者だったんじゃ!」
なんて、私の祖父は言っていた。
どういうこと? って聞いたら、
「1月にこんなに寒かったら、6月はもっと寒いってことじゃの」って言っている。
どういうことなの。
6月9日、早朝6時。
私は、駅の青いベンチに腰掛けて、電車がくるのを待っている。
はぁー、と息を吐いた。
白い息が、世界に生まれた。
「こんなに寒い日に、朝練なんてしなくてもいいじゃない」
私は、オレンジ色のマフラーに首をうずめた。
地球の磁気が逆転してから、30年がたった。
最も、私はその15年後に生まれたから、その頃の大騒ぎぶりは知らない。
地学の先生は、
「まさか、私が生きている間に逆転現象が起きるとは思っていませんでした」
と授業で話す。
「そりゃもちろん、高校時代に、教科書で習いましたし、大学でも直にその頃、つまり昔の地層を研究室で扱ってましたから、現象があることは知ってましたけど、何億年後だと思ってました」
そうだったらいいのにな、と思う。
もっとも、どの季節も嫌いなのだけれど。
地軸が移動するとともに、「クリスマス」は夏に移動した。
そう、クリスマスではなく、「クリスマス」が昔でいうところの夏、6月に移動したのだ。
地軸が逆転して世間がてんやわんやの時に、広告代理店が暗躍したらしい。
「夏にもクリスマスがキマース!」
なんてキャッチコピーで売り出したらしい。
明るく元気に前向きに、地軸の逆転を捉えよう! だそうだ。
アホか。
寒いんならチョコも売れるし、なんならもともとのクリスマスは海でパーティーをして、年に二回のクリスマス! 子どもたちは大喜び! が定着していった、らしい。
ちなみに、多くの親は泣いていたそうだ。真っ赤な赤字のクリスマス。
地軸が逆転した結果、天候は少しおかしくなった。
夏と冬が逆転しただけではなく、6月に、雨と雪が同時に見られるようになった。
専門家によれば、厳密に言えば梅雨ではないそうだけれど、そんなことはわたしにとってはどうでもいい。
雪も降れば雨も降る。どんよりした灰色の空と、黒っぽい雪。めんどくさい季節だ。
今朝は、昨日深夜から早朝まで雨が降っていたせいで、路面が凍っていた。
電車のレールも濡れている。
きっと、運動場もべちゃべちゃだろう。
だから、体育館で朝練を行う、と連絡が来た。
「……暖房かけてまで、しなくたっていいじゃない」
温暖化万歳。
ホームに列車がやってきた。いつもの、緑色の鈍行列車。
わたしは、乗客の少ない電車に、いつものようにそっと乗る。
「よっ」
A子だ。
「おはよ」
わたしは短く返す。
「こんな日に朝練なんてなくていいのにねー」とC美。
「ほんとだよ」
そう、今日は「6月のクリスマス」なのだ。
「昔はさー、朝起きたらプレゼントがあったよねー」
「そうそう、確認して、開けて、喜んで、すぐに学校だからさー」
「でもそれが楽しかったんだよねー」
「「ねー」」
と、B子とC美は話す。
「眠そうやね」
とC美に言われた。
「うん」とだけ返し、目を瞑る。
なんだか、今日はめんどくさかった。
その後、B子とC美は部活のめんどくささを語り合っていた。
うむ、いつもの日常である。クリスマスはいずこ。
電車が、学校の最寄の駅に停車した。3人、横に並んで歩く。
みぞれ混じりの、雨が降り出した。
B子とC美は、まだ話のタネが尽きていなかった。よくそうも話が続くな、と思う。
駅から学校までは、一本道である。
閑静な、というよりも、クリスマスにすら開くことのない商店街を抜けると、すぐそこが学校だ。
灰色の壁と、立派とは言えない時計台が、雨に濡れて光っていた。
「あ」と、思わず、声がこぼれる。
「何?」
「いや、なんでもない」
「変なの」とB子。
寝ぼけ眼で、見間違えたのかもしれない。
虹がうっすらと、ほんとうにうっすらと、学校に向けてかかっていた。
突然、地学の先生と、プリズムのことを思い出した。
おしゃべりなB子とC美。
練習好きの部長。
けだるそうな顧問。
分光器。
光が、ばらばらに分かれていく。
クリスマス感はまったくないけれど、ホワイトクリスマスではないけど、まあいっか、と思う。
虹の根元には、幸せが埋まっているのだ。